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カテゴリー: 日本

毒餃子より

正直、どの段階で、毒が入れられたのか、意図的に入れられたのではなく、混入なのかよくわからない。
よくわからないけれど、現時点で確かなのは中国食品に対する信頼が下がり、影響を受けているという事である。
極端な話、グリコ・森永事件のように、中国産の食品に毒を入れるぞ!という事件が発生した場合、日本や中国はどう対処できるか?という疑問もある。
それ以外として、今回は中国産という事だが、アメリカ、ブラジル、国内産になったらどうするのか?
という疑問もある。
アメリカ牛が信用できないとなれば、輸入が禁止され、中国産の食品が危険だとなれば輸入に影響が出る。しかし危険だと思った国をはずせば安くて安全な食料が確保できるかというとそう単純な問題ではない。
そもそも、国内で安くて安全な食料が確保できるなら、それにこした事はないが、それが難しいから海外の輸入に依存しているのだ。
いかにして安くて安全な食料を確保するか。
・高くてもいいので安全な食品を国内で生産する
・少しは高くてももいいので海外でも安全な食品を生産し、流通経路の安全性も確保する
・安くて安全な食料を国内で生産できるようにする。
・海外でも安くて安全な食品を生産し、流通経路の安全性も確保する。
という事がそれぞれ必要なんだと思う。
私がこの中で得に強調したいのは、「安くて安全な食料を国内で生産できるようにする」という事である。
それは、自分の食べる物は自分で確保するというのが、ごく自然な考え方だと思うからである。
その一方で、やはり海外からの輸入にも頼らざるを得ない部分はある。
ならば、その部分は安全な食料の生産と流通のシステムを輸入元に導入しそのシステムが確実に機能するよう努力する必要があるだろう。
中国産が危ないなら、アメリカ産にすればいいのよ。的な発想で解決するならいいが、そうやっていくうちに、食料自体が確保できなくなるか、安全性の低いものを高く買うしかなくなる。
仮に世界というマーケットのどこかに、安くて安全な食品というものがどこかにあるとする。
でも、中国には、既に1億人近い富裕層がいて、はたして日本がそれを確保できるのだろうか?
繰り返しになるが、必要なのは、安くて安全な食品を探して迷走する事ではなく、安くて安全な食品を作る事だと思う。

新型インフルエンザ対策

某テレビでやってた、新型インフルエンザの話。
先日、鳥インフルエンザで人から人への感染のニュースがでてたが、そろそろやばいなと思う。
特に、東京に住んでいるし、日本の中でも感染確率が非常高いと言える。
とりあえず、国内で感染例がでたら、マスクや、防護服が即座に売り切れるだろう。
食料、水、トイレットペーパもやはりある程度ストックしとかないとね。
早速一部ネットで注文。(テレビ局の社員がマスク会社の株をしこんでたりして。笑)
伝染病となると、病院はおろか、スーパーに買い物いくとしても、そんな人の多い場所にいくこと自体が自殺行為だ。
移動制限も行われるだろう。
まさにバイオハザード状態である。
もし会社で働いている途中で感染が発表されたら速やかにマスクして徒歩で家にこもる。
で騒ぎが一段落したら、自衛隊が上空から食料を供給してくれる事に期待。
というイメージである。
1,000万人分のプレパンデミックワクチンというのが用意されているそうだが。
これは実際効くかどうかわからないという問題がまず一つ。
仮に効くとして、数がたりるかというと足りないのは明白である。
なぜ全人口分用意しないのか?
理由は日本における医療の優先順位が低いのである。
これは、政治家が云々というより普通に民衆の意識が低いのである。
国民にアンケートしてみたらいい。医療の問題より、北朝鮮の問題とか、賞味期限偽装問題のほうが関心が高いだろう。
国民はもっと医療問題のプライオリティをあげるべきだと思う。
でも今すぐどうとなる訳じゃないのだから、今は自分自身がどう対処するかにかかっていると思う。

成人

<成人>18歳から? 法務省が法制審に諮問へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080123-00000012-mai-soci
大人は何歳から?酒、タバコ、何歳から?ということになるのだろうが、基本的には、
そういうことではなく、何歳から大人として責任を持つのかということだと思う。
少年法の対象年齢が14まで下げられたのも結局、責任を負うべき年齢が引き下げられたという事だったのだろう。
選挙の投票権も18歳となり、選挙行こうがいかまいが、政治にも責任が問われる。
そういう意味で成人は18歳にしたほうがいいだろう。
ただタバコに関しては、健康や、成長によくないんだし現状の20歳以上でいいと思う。
逆に酒に関しては、16歳ぐらいからでいんじゃないかと思う。
法律はそもそも必要最低限の枠組みであるべきで、法律であれもこれも制限されなきゃ社会が成立しなくなると末期である。

分散と集中

社会が豊かになると、一極集中から多様化が進む、多様化に答えるべく、様々な製品が登場する。
しかしその一方で多様化はミスマッチを招く。ターゲットが狭いという事は最小公約数的な製品である場合が多く、マッチしなければ、最大公約数的に作られたものより不便だと思う。
音楽で言うと、特定のミュージシャンに人気が集中していたものが、多くのミュージシャンに広がり、さらにインディーズまで広がった。
しかし、広がりすぎた多様化は多くのミスマッチを招く。
その結果、昔ヒットした音楽の焼き直しだったり、アレンジが流行るのだろう。
景気がよくないというのもあるのだろうが、消費者はより失敗しない商品を求めている。
昔の様に一極集中はないものの、以前に比べると冒険をしない無難な商品に集中しやすいようだ。

値上げ

最近食品を含め様々なものの値段が上がっている。
一方、原材料の高騰を販売価格に実際転嫁できないという話もきく。
この原価の上昇を価格に反映できないというのは問題だと思う。
企業努力でカバーできるなら、そもそももっと値段が安くていい訳でそいういう問題ではないだろう。
結局価格のひずみを価格に転嫁できないと会社の経営破綻、不正行為につながるわけで、それは社会に不の連鎖を招く事になる。
勿論安定した供給と価格は重要だが、原料が上がっているのに価格が上げないというのは変である。
崩壊を招く前にひずみに対処すべきだと思う。

保護機能

「Macが挨拶を発行しました。許可しますか?」

Appleの少し前のCMだが、実際Vistaを使ってみるとあーこれこれ。
と実感する。
何かをするごとに、「○○を許可しますか?」というアラートがでてくるのである。
そういえば、「金融商品取引法」も「保護」という名の「免責」をいちいち取るようになって。
そんなんだったら、いっそのことインターネットも、金融商品の購入も免許制にしたほうがいいと思う。
いやこれは、あらゆるものを免許制にする為の罠か?
世の中の大多数が、自分はちゃんと勉強してオウンリスクで利用するから・・・。という状態ならそんな規制、必要ないのだろうが。勉強しないで、勝手に損して、会社のせいだ、お上のせいだ。と言うから規制がどんどん増えていくんだろな。

新潟県中越沖地震

先日たまたま募金したので、一言。
新潟県中越沖地震は2004年新潟県中越地震から3年経つ2007に起こった地震である。
2度も被災した事はかわいそうだが、一度被災したのにも関わらず、補強などを行わず被害を受けたケースに関しては、どうなのかと思う部分はある。
あと柏崎刈羽原子力発電所の反対に関しても、原発の恩恵を受けている状態での反対には同意できない。
もし本当に反対なら、自家発電を導入するとか、代替エネルギーの利用に取り組んだ上で主張すべきだと思う。
被災者を自業自得だというつもりは無いが、自分の安全問題を他人にまかせっぱなしだと、いざ被害にあったときは自己責任と言われかねない。
個人のレベルではどうしようもないレベルの問題は社会や国家での助けが必要だが、個人で対応できる部分は個人で備えておくべきである。

–2016 追記–
東日本大震災前、それでも原発を日本で管理可能なテクノロジーだと思っていた。
今考えると、この時点で、もう少し原発の対策を見直していれば、福島原発の事故は大惨事には至らなかった可能性もあったかもしれない。
すでにその方向で進んでいるとはおもうが、原発の安全対策の見直しはもちろん、代替エネルギーの利用に国家も個人も動いていく必要があると思う。
当エントリーの趣旨としては、地震対策への備えを社会も個人も怠らないようにという教訓だが、
日時が不確定な事象に対する対策というのは、なかなか難しいという面もある。
とはいえ、地震とともに形成された日本列島に住むからには、相応の地震準備があってしかるべきだと思う。

あるべき姿

「グローバル化&インフレ」
とりあえず、しばらく日本の経済悪化は避けられそうも無い。
そんな日本の情勢に関わらず、そこは個人で乗り切らなければならない。
例えばインフレが今後進む予定である。
インフレというのは貨幣の価値が下がる事である。
逆に言うとモノの価値が上がるってことで、ある程度買いだめしておくとか、安いうちに長持ちする物を買っておいたほうが得だって事である。
「インディペンデンス」
現状、アメリカ無しにも日本が成り立たない、中国無しにも成り立たないしそれは事実だと思う。
しかし実際どこまで頼らなければいけないのかは、かなり不透明である。
一度、強気に出て、なにを頼らなくてはいけないのか、どこは自立できるのか試みるべきである。
「勝てる国へ」
これまでこの国が発展してきたのは、日本が安い労働力でモーレツに働き続けたからである。
今や安い労働力は中国に流れしかも、徐々に中国の労働力も値上がりし、中国からさらに別の国に生産を委託しているという。
結局は生産力がなければ、その国は衰える。
より安い労働力とより多くの消費力を求めて海外へ拠点を移すことは重要だと思うが、その一方で、
国内生産の効率化を図り、どこの国より低コストでよい製品を作る技術を向上させるべきである。
究極的には労働力を必要とせず低コストで生産するシステムが必要だと思う。

コンプライアンス不況

最近コンプライアンス不況と言う言葉を耳にする。
「改正建築基準法」で家が建てられないとか、「金融商品取引法の施行」で投信等が売れないとか。
少し以前だと「電気用品安全法」で中古品が売れないとか。
そんなこんなである。
多かれ少なかれ制度の改正には混乱がつきものである。
大手銀行の統合だったり、住基ネット、ナンバーポータビリティ、郵政民営化。
日本人は問題がおきるとすぐ法律を作りたがる。
逆に言うと新しい時代に法律が対応できず、いちいち法律をつくらないといけない仕組みとも言える。
そこで思うのは、
・柔軟に対応できる法律でもって細かい部分は判例とかにまかせるようにする。
・なんでもかんでも問題を国とかに丸投げしない。
ということである。
電車の過剰なマナーアナウンスもそうだが、なんでも言われてするというのは、良くない習慣である。
もっと個々が自立し、自分の頭で考え、自分の判断で行動すべきだろう。