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月: 2013年7月

クラウド脳におけるMeの範囲

いずれ人工知能は発達してロボットも自我を持つだろう。
そのとき知能の部分がハードウェアと一体化してなかったらどうだろうか?
思考する部分とフィジカルな部分が分離していた場合。もしくは、思考する部分が、
分散型だった場合。自分というものをどの範囲で捉えるのだろうか?
もうひとつのパターン。
いずれ人間は、拡張した身体や、脳を使うようになるかもしれない。
その時、どこからどこまでを1人としてカウントするのだろうか?
定義の問題ではなく、感覚の問題としてどうなのだろうか?
自分という範囲は、比較的自由のきく身体と、それを掌る脳がセットで自分が成立する。
極論を言えば脳だけでも自己なのだが、例えば、私の脳だけの状態を見てそれが
私であると認識する他人(ひと)がいるだろうか?
逆に身体だけならどうだろう?人々は、ぱっと見それが私だと認識するだろう。
ただし脳がなければ、私らしい振る舞いをしないので、結果、それは私ではないということになる。
自己の最小単位は、脳だが、それを出力するインターフェースがないと、外部からその中身を
窺い知る事はできない、その一方で表面的な部分もその人間の一部として認識されている。
自分のクローン。例えば双子がいたらどうだろう?
身体は似ているが、脳と繋がっているわけではないので、それは他人である。
私の考えはこうだ。
脳と脳が直接的に支配している身体。脳と脳が所有している体。それが私の範囲である。
だから、もし私の脳が直接的に支配しているハードウェアがあればそれは私の一部だと思う。
脳が物理的に複数の場所にあったらどうだろうか?
クラスタ型の脳、クラウド型の脳。
いずれにせよ、それがある程度の一貫性を持ちアイデンティティを示すものならば、
例え分散しようと、仮想化しようともそれらが含めて私という存在になるだろう。
まあ個人的にそれは大きな関心事ではない。
それより気になるのは、自我を持ったコンピューターは、自己の範囲を拡張し拡大し続けるのか?
それとも、ある程度まとまった単位で自己を完結させようとするのか、という疑問。
身体の範囲を広げれば、多くの体験をできる。例えば体が2体あるとか。
ただ現状の人間にはそれは無理である。
2つの体験を脳は処理できないだろう。
一つの体は東京、もうひとつはNY。なんとか同時に歩けたとして、二つの感情を同時に処理する事は
到底無理な気がする。
今だってテレビを見ながらネットをしていると、どちらかに注意がいってしまい片方が抜け落ちてしまうほどなのだから。
じゃあロボットはどうなのだろうか?
並列での感情処理ができるだろうか?
まあ処理としては問題ないような気がする。
例えば3日間の自分の行動が24HR*3本で同時進行しているイメージだ。
ただし問題もある。
脳が限られている限り、すべての体に同じ配分の能力を配分することは難しい。
なにか「ながら作業」をしていたとして、思いがけない事があると意識がそっちに集中してしまい、
動作を止めてしまうことがある。
そんな風に、身体を別々に動作させる事は、可能と言えば可能だろうが、体験の質を低下させることに繋がるだろう。
じゃあロボットはどうするだろうか?
思考領域を拡大させようとする者と、身体領域を拡大させようとする者と、別の種が生まれるだろう。
恐竜の巨大化のように身体の巨大化というのは一つの進化の方向性としてありだと思う。
脳の巨大化や集合化も一つの進化の方向性としてはありだと思う。
ただし通常の生命のように脳と身体がワンセットになっているほうが、種の多様性としては有利だと思う。
つまり、コンピューター脳を巨大化させる事で進化する種は少数で、
自分という範囲をそれぞれ脳と体ワンセットで存在させる種が多数派になるのではないだろうか。
再び、人間でおきかえて考えてみると、
脳みそ10倍人間がいたとして、様々な事を普通の人より懸命な判断をできるとする。
では周りの人があらゆる判断をその人にゆだねるだろうか?
もしその10倍人間が、周りの人々を、管理したり支配しようとしたらそれらの人々はどうするだろうか?
たぶん反乱を起こす。
エージェントの反乱から、巨大クラウド脳は自分の身をどう守るか?
ある程度の大きさで脳を分けるか、脳を隠す、あるいは有益・無害な存在として巨大化させるしかないのではないだろうか?

2052年

ヨルゲン・ランダースの2052を読んで、40年後の世界を考えてみる。
まず本書に書かれているのは、世界は気候変動の影響を受け、
・人口が頭打ちに
・都市集中
・飢えはしないものの生活の質が低下する
・お金や物質的な豊かさに頼らない幸福を求める必要がある
・脱成長の考え方が必要
・これまでのように生産性は向上しなくなる
・民主主義、資本主義的な構造は環境対策を遅らせる事になる
というような事が書かれている。


続いて私の予想。
以前の記事に、世界人口は21世紀後半には100億人としている。
本書では、2040年 前後に80億に達しそこから減少にとある。
都市化が進むと少子化が進む。
いままで都市化と少子化はあまり結びつけて考えた事がなかったが、
広範囲で考えると、そういう事なんだなと思う。
世界各地でが都市化が進めば、急速に少子化が進むだろう。
しかし、人口はそこで減少に転じるかというと、私はそうは思わない。
人類は宇宙を目指し、太陽系における人類の人口はさらに拡大すると思っている。
とはいうものの2040年前後の人口は80億人、都市化の影響で人口の増加速度はだいぶ下がるが、21世紀末には、90億人という事で予想を修正しておこう。
生活の質が低下するというのは、資源へのアクセスが悪くなるので、
今まで食べれていたものが食べれなくなったり、その他の資源に不自由する可能性があるという事だが、
その中で幸福に暮らすには、発想の転換が必要になりそうだ。

 

脱成長

地球のキャパシティとは何かというと、
宇宙船地球号につまれた食料は毎日5人分だとする。
5人で分ければよいが、一人が5つ食べてしまうと、残りの4人は飢えてしまう。
あるいはそこにもう一人加わったらどうだろうか?
なにか工夫をしてもっと食料を増やせればよいが、資源は限られている。
地球を大きくする事はできないが、人間一人あたりの環境負荷(フットプリント)を減らせばもっと多く住めるし、石油の枯渇問題も、代替エネルギーや別の資源を使う事で対応してきた。

とはいうものの、ゆっくりとした需要の増加であればある程度工夫などでカバーできるが、
急速な進化にテクノロジーはついて行けない。
イナゴの大群のように、増えすぎた群れは供給の限界によって調整されることになる。
これまでのように生産性は向上しなくなる

というのは、サービス業は機械化が難しい事がその理由となっているので、
個人的にはサービス業も含めてまだまだ生産性が向上する余地はあるのではないかと思っている。
環境問題が、民主主義や、資本主義に影を落とすというのは、これもひとつ重要なキーワードだと思う。
民主主義が環境問題にとってやっかいなのは、未来に予測される問題に対し民衆全体に同意を求めるのは、なかなか難しい。

例えば、中国が一人っ子政策ができたのは、民主主義ではないという要因が大きい。
じゃあ中国や、ソビエトのような社会主義がよいかというとそうでもない。
しかし、実感をあまり伴わず、予測される未来の問題、しかも迅速な判断が求められる
問題に関して、民主的なプロセスは不向きと言えるだろう。

本書を読んで改めて思ったのは
気候変動が世界に及ぼす影響を考える事、
オーバーシュートを見越して、いまのうちにやっておいたほうがよい事をやっておくという事。
40年後というのはだいぶ先の事かと思うかもしれないが、40年後というのは既に始まっていて、
その積み重ねが40年後の変化をもたらす。
40年前の今、当時の40年後が今をもたらしているように。

アベノミクスの歩き方

この先どうなるかはわからないが、アベノミクスについて少し語っておこうと思う。
まずは今日に至までの経緯を時系列におさらい。
2005年頃から円高と日経平均株価の関連性が高い状況に
2007年9月安倍内閣が終了
この頃から円高ドル安が始まっている。
2007年 サブプライム住宅ローン危機 (株価低迷)
2008年9月15日 リーマンショック (株価低迷)
2009年9月16日 鳩山内閣が発足 民主党政権へ
2010年1月12日 ギリシャ危機 (円高要因・株価低迷)
2012年12月26日 第2次安倍内閣発足
円安・株価上昇
世界的な経済不況の中、日本では 円高と株価低迷
株価低迷はグローバルな世界経済の一部として仕方が無い部分もあるとして、
円高に関しては、日本の政策に問題があったと思う。
株価で言えば、アメリカは、日本が鳩山内閣誕生の頃には株価下落が底をうち上昇に転じている。
しかし、日本は民主党政権へと移行し株価低迷を続けた。
アメリカは経済を持ち直しつつあると見ている。
安倍政権により、日本もその流れにうまく乗って、日経平均も回復しつつある。
日経平均というのは経済に対する期待だと思う。
アベノミクスに対する期待というのは、風船の空気のようなもので、
大きく膨らんで、うまくそれ乗れば実体経済も上昇できるが、
失敗してしぼんでしまうと実体経済も墜落してしまう。
重要なのは、今アドバルーンが上がった所で、それをどう商機に結びつけるかだろう。
逆にマスメディア、国民、企業がどう動くかによっては、風船がしぼむ要因となる。
その他の内的な要因や外的な要因もあるだろう。
政権は自民党に戻った。しかし、ここ最近の投票率からして、ここ数年の失われた経済的損失が、
国民の選択によるものであったという自覚が国民には無いように思える。
その話はひとまずおいておこう。
アベノミクスは、閉塞感が漂っていた日本における、希望の光として、数少ないチャンスである事は確かだと思う。
現在、高齢化が進む日本だが、ヨーロッパや、今は経済成長を続けるアジアの国々もいずれ高齢化社会を迎える。
日本はその先駆けとして、高齢者が生きやすい社会を実現させる事が現在の日本に与えられた大きな役目だと思う。
参照:
ドル/円 チャート10年
http://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=USDJPY=X&ct=z&t=ay&q=c&l=off&z=m&p=m65,m130&a
日経平均株価 チャート10年
http://stocks.finance.yahoo.co.jp/stocks/chart/?code=998407.O&ct=z&t=ay&q=c&l=off&z=m&p=m65,m130&a
内閣総理大臣の一覧
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7