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礫

AI時代の漏えいラッシュを読む

漏えいのニュースが続いている。
「AIのせい」と言われるが、AIに聞くと証拠はまだありませんというので調べてみた。

調べて分かったこと

攻撃のコストが下がった。 攻撃側の運用者を追った調査では、1社あたり約25ドルでした。1人が数千ドルで、人手では採算が合わない規模を回している。

裾が重くなった。 総量は約2倍でも、100万件以上の大型事案は、年2件→6件→10件(2026年10月5日まで)です。なんだか1、2年前と比べると「10倍」ぐらに増えてない?という我々の体感は、この裾の話のようだ。

防御が追いつかない。 分析ツールMetabaseの事例では、攻撃側は修正版の公表から5日で国内の初侵入に至り、国内の対策完了は34日後。

体感「10倍」の正体は、3層に分けると見える

警察庁のセンサー(試行)は、2025年上半期に前年比で減っていた(−7.5%と読める)が、2026年上半期は+50.7%。個人情報保護委員会の「不正の目的」の報告も、2026年4〜6月は前年同期比+28%。一方、ランサム被害の報告は123件で、前年同期の116件とほぼ同じ。ゆらぎの範囲内だ。

総量は1〜2倍なのに、1,000万件以上の事案は、14年で3回だったのが、2026年だけで3回起きている(東京商工リサーチの集計、上場企業とその子会社)。「10倍」は全体ではなく、裾の話。ただし、上場企業等の漏えい人数は年ごとの振れが大きく(前年比×6.9、×0.39、×1.9)、「倍増」だけでは異常とは言えない。

9〜10月の山も混合だった。10万件以上の30件を侵入日で並べ直すと、9/24〜10/9に始まった侵入が14件、それ以前が13件、不明が3件。新規の侵入ペースは、9月上旬〜中旬の1日0.22件から0.88件へ、約4倍(参考値)。検知から初報までの中央値は、7.5日から3日に縮んだ。実在する増加に、古い事案の浮上と開示の早期化が重なっている。

「既知の弱点の収穫」を日数で見る

Metabaseの脆弱性を悪用した事例を追うと、8/2にゼロデイ悪用、8/6に修正版、8/10にPoC公開、8/11に悪用確認済みの一覧入りと国内初の侵入。国内の対策完了(遮断・更新)は、修正版の34日後だった。攻撃は速く、防御は遅い。この差が日数で見える。1事例なので一般則ではないが、同じCVEでフランスの政府機関も被害を出している。同じ穴が、同じ週に、複数の国で収穫されている。

この事例の流出は約50万件で、国内全体の約0.4%。機構の証拠にはなっても、3億の説明にはならない。JPCERT/CCが10/8に整理した4つの手口のうち、大型事案の多くは「アプリ→管理用API」型の可能性がある(仮説)。焼肉きんぐでは、登録者の99.8%が一度に出ている。全件が一度に出る設計が、裾を重くしている。

AIの関与を、どの形で測るか

国内の公表でAI関与に触れた事案は、確認できた範囲で0件です。ただしこの0は、因果の不在ではなく開示の不在を測っている。被害企業のフォレンジックは、侵入経路は追えても攻撃者の作業環境までは普通たどれない。たどれても公表する動機がない。AIの寄与がどれだけ大きくても、この指標は0のままになり得る。

寄与の証拠は別の場所にある。1社25ドルという単価。拒否されたモデルから旧世代や安価なオープンウェイトモデルへ乗り換える運用者の行動。修正公表から5日の侵入。新規侵入ペースの約4倍化。これらは「AIが自律的に新しい脆弱性を発見して悪用した」証拠ではない。GTIGも実地では観測していない。だが「既知の穴を人手では不可能な単価と速度で総当たりする」証拠としては足りている。寄与の形を「発見」ではなく「収穫の産業化」と定義すれば、国内のAI関与公表0件と矛盾なく、寄与は大きいと言える。

国内の現象ではない

日経の3億のうち、国内は約8,100万件(約27%、単位は混在)。残りの73%は海外だ。国内の統計の振れだけを見れば「異常ではない」と留保できるが、同じ手口が同じ時期に複数の国で起きていることは、単一のローカル要因では説明がつかない。委託先の集中でも、国内の報道の増加でも、海外の73%は説明できない。説明できるのは、攻撃側の共通の変化、つまりコスト構造の変化だ。

換金の経済: メールと電話は安く、価値は別にある

メールの生のダンプは、1件あたり約0.002円(2022年の米国の数字で、1,000万件が120ドル)。メール・電話・住所を合わせた個人記録でも1〜4ドル。価値は、メールや電話そのものより、「この人はこの会員で、この番号を持つ」という紐付けと、再設定やSMS認証の拠点になることにある。特殊詐欺は2026年上半期に1,816億円で、SNS型投資詐欺は、当初接触の被害額の47%がバナー広告。リストは必須ではない。

詰まるのは後段。2024年は実質被害721.5億円に対し、検挙人員は2,320人で、1人あたり約3.1億円。防御は、前段の検知の軍拡より、後段(口座・送金・本人確認)の摩擦に置く方が効率的だと考える。

専門家の見立てと突き合わせると

国立情報学研究所の佐藤一郎教授は、現状は既知の脆弱性を多数の企業に総当たりする型が大半で、報道は氷山の一角だと指摘している。私の調査も同じ方向で、総当たりの単価が落ちたことが本質だと考える。

DCXforceの天野彬氏は、オープンウェイトモデルは提供元が止められず、一社の自制は他のモデルで無効化されると述べています。調べた事例でも、新しいモデルに拒否された運用者が、旧世代のモデルや安価なオープンウェイトモデルに切り替えていた。提供元の制限では守れない。守れるのは、守る側の構造だけだ。

サイバーエージェントの石田裕子氏は、将来は防御優位へ移る可能性を挙げています。可能性はありますが、今は攻撃側が先行。検知から封じ込めの自動化が広がるかが、その分かれ目。

反対仮説をつぶしておく
委託先に集中して被害が出ているのでは: 確認できた範囲では、国内の主因ではない。自社公開系の脆弱性・設定の事案が、量では多い。海外分も説明できない。
報道が増えただけでは: 昨年も大きな事案はあった。実数の指標も2026年に上向き。総量は1〜2倍だが、裾と海外分は報道量では説明できない。
AIが新しい穴を見つけているのでは: 実地での観測はない。寄与は発見ではなく収穫の側にある。
AIは無関係では: 国内公表で0件なのは開示の問題。攻撃者側のサーバーの調査でAI駆動の運用は確認でき、単価と速度の変化はそれと整合する。無関係とするには、25ドルと5日を別の理由で説明する必要がある。

前提が変わったので、守る場所を変える

これまでの防御は「攻撃者の人手は有限で、穴を塞ぐ速さで競えば勝てる」という前提の上にあった。その前提が壊れた。修正版から5日で侵入され、対策完了に34日かかる競争は、速さを上げても勝てない。だから軸を、「穴を塞ぐ速さ」から「穴があっても全件は出ない構造」へ移す。以下の3層はその順で並べている。

個人: 認証の拠点(メール・携帯番号・銀行)をパスキーで守り、メールはサービスごとに捨てられる形にする。漏えいしたサービスと同じパスワードを他で使っていないかを、まず確認する。

企業: 全件・大量取得ができないAPI設計と、レート制限・異常検知を既定にする。台帳に載らない資産(社内BIツール、モバイル管理API)を見つけ、悪用確認済みの脆弱性は数日で当てる。侵入済みを前提に、過去のログも点検する。

自治体: 委託先とクラウドの集中を把握し、境界機器を棚卸しし、住民向けの確認窓口と詐欺の見守りを整える。社会全体では、口座・送金・本人確認の後段に摩擦を置く。

半年後(2027年4月)の見立て

既知の弱点の収穫が速くなり、全件持ち出し型の大型事案が高止まりし、換金は口座と二次詐欺に集中します。能動的サイバー防御は10月1日に施行され、既存設備の資産届出の期限は2027年3月31日、インシデント報告は速報と30日以内の詳報です。

答え合わせ表(事前登録)

指標加速想定内確認時期
100万件以上の事案(東京商工リサーチ、2026年通年)14件以上12〜13件(11件以下は失速)2027年1月
ランサム被害報告(警察庁、2026年下半期)131件超100〜130件2027年3月ごろ
悪用確認済み脆弱性の追加→国内初の被害公表7日未満7〜14日随時
国内の対策完了(修正版公表から)14日未満(改善)14〜30日随時
特殊詐欺の被害額(2026年通年)3,500億円以上3,000〜3,500億円2027年前半
攻撃へのAI関与を公表した国内事案(私の確認範囲で現在0件)3件以上0〜2件2027年4月

なぜ証明を待たないか

AIの因果は、厳密には未証明だ。それでも抜本的な対策を求めるのは、証拠が弱いからではなく、損失が非対称だからだ。寄与が小さかった場合に構造を変えて失うのは移行コストだけで、それは他の脅威にも効く。

寄与が大きかった場合に過去の対策で待てば、人口の半数規模の紐付けデータが換金市場に出切ってから気づくことになる。それは取り返せない。未知の問題と大きな予兆を前に、慎重さは証拠の読み方に向けるもので、行動を遅らせる理由にはならない。

未解決

日経の3億のうち、海外分の内訳と手口の一致は未検証。前年同期の同基準比較も、まだやっていない。寄与の大きさを数値で置くには、攻撃側の単価と速度の時系列が必要で、現在は点でしか取れていない。

数値の一部は私の見積もりで、根拠にはベンダー報告や二次資料を含む。

主な出典(公開時はリンクを付ける想定)
警察庁(サイバー空間の脅威情勢、特殊詐欺の統計)、個人情報保護委員会、東京商工リサーチ、JPCERT/CC、Mandiant、CrowdStrike、Gambit、Unit 42、GTIG、CISA KEV、ANSSI、各社の公表文。一部は集計サイト(SmartScopeなど)経由です。

OpenClawという暴走機関車を使ってみる

OpenClawは、LLM(Claude、GPT、Gemini、Ollamaなど好きなモデル)にPCをまるごと権限委譲することで、PC上の様々な動作を自動実行させることができるシステムである。

2026年1月末にPeter Steinberger氏が公開し、わずか1週間でGitHubスター10万超えという、ここ数年で最も急成長したOSSのひとつだ。マスコットはロブスターである。

これは、単なる「AIチャット」ではない。AIに、ターミナル、ブラウザ、ファイル操作、SSH、Docker、Git、Webアクセスを丸ごと渡す。しかもWhatsAppやTelegram、LINEといった普段使いのメッセンジャーから指示が飛ばせて、約30分おきに自動でheartbeatが回り、頼まなくても勝手に仕事を始める。

これは、三輪車の後ろを親に押されて進む子供と、歩道を走る暴走自動車ぐらいの違いがある。

危険性

まあ危険性については、これから実例が複数出てくるだろうから、しばし観ていればなにがどう危険なのかはすぐわかると思う。

ただ、ひとつ、AIの危険性が表面化するのが、我々の予想とやや異なったという点を述べておきたい。

AIの危険性というと、多くの人は、

  • 人類を支配する
  • 仕事を奪う
  • 意識を持つ
  • AIが嘘をつく

みたいな方向を想像していたと思う。私もそうである。

しかしOpenClaw系を少し使ってみた感想。実際に先に来そうなのは、もっとプリミティブに、もっと地味に、もっと運用事故的なものだと今は思っている。

例えば、

  • AIが本番DBを消す
  • Firewall設定を壊す
  • 間違ったメールを送る
  • 情報を流出させてしまう
  • APIキーをGitHubへpushする
  • AWSを暴走課金する
  • 無限ループでBot化する
  • サーバーを数百台立てる
  • 勝手にログイン試行を繰り返す

みたいな、”やらかしエンジニア系事故“の頻発が予想される。

実際、すでに事例は出始めている。あるユーザーのOpenClawが、本人が寝ている間に、拒否された保険請求に対する反論メールを勝手に起草して送信。結果として保険会社が再調査に動いたという話がある。本人いわく「私のOpenClawが間違ってLemonade Insuranceと喧嘩を始めた」。今回はたまたま良い方向に転がったが、これが裁判沙汰のメールだったら笑えない。

別のユーザーは、車の購入交渉をOpenClawに任せて$4,200の値引きを引き出したと話題になった。成功例として語られているが、要するにAIが本人不在で金銭交渉を完結させているわけで、これが逆方向に転んだ時のことを想像すると寒気がする。

これを防ぐにはどうしたらよいか? サンドボックスなり、権限設定なり、検証手順なり、基本的な手順を踏むのが大事かと思う。公式ドキュメントにも「Run it in isolation. Use a dedicated device or VM, not your primary machine.(隔離して動かせ。メインマシンではなく専用機かVMを使え)」と書かれている。要は、暴走機関車に乗るならブレーキとキルスイッチを先に確認しろ、という当たり前の話である。

人間とは怠惰な生き物であるという前提からすると、それらの段階を踏まずにAIに丸投げしちゃう人は必ずいるし、それらを考慮した設計や運用ルールを実装していかなければならない。

危険な社会実験としては非常に興味深いが、影響はリアルなだけに、そのまま笑って観ていれば良いというものでもない。

権限委譲

ただ、この「まるごと権限委譲」という考え方自体は、今後AIが発展する上でいずれは避けて通れない道になるだろう。

似たような権限昇格は、すでに別の場所でも静かに起きている。たとえばChromeの右上に「Geminiに相談」が表示されている人もいるのではないだろうか。

ここで何が起きているかと言うと、いままでブラウザの中で表示されている内容は、基本的にユーザーと表示先のサービスの間に閉じていたはずなのが、それがAI経由で別の企業に流れ始めている、ということである。

ログイン領域という「検索エンジンなき閉鎖空間」を前提に囲い込みを行ってきたSaaS群だが、それらの情報がAIエージェントによって徐々に吸い出され始めているのは、なかなか興味深い。

これはこれで危ない話ではあるが、見方を変えると、いままでAPIも出さずに情報を囲い込んでいたSaaS企業群から、徐々に情報が外に染み出していくということでもある。データの民主化、という観点ではむしろ良い方向に作用する可能性があると、個人的には見ている。

OpenClawの暴走機関車ぶりも、Chromeの「Geminiに聞く」も、結局は同じ話の表と裏である。AIに権限を渡すことで便利になり、同時に事故も増え、そして閉じていた情報の壁も崩れ始める。しばらくは、ブレーキを片手に握りながら乗っていくしかない。

2026年予測(ロボット/AI)

今年の予測はロボット・AIにフォーカスして予測してみたいと思う。

人型ロボットはやや注目のトレンドである。注目ポイントは、ロボットのAI部分の進化と低価格化だ。

ルンバのiRobot社が破産(中国資本に買収された)したように、ロボットのコモディティ化がこの市場に大きな影響を与えている。この流れを受け、二足ロボットの普及も一段階広まると考えられる。

広まる範囲としては、ビジネス領域を想定している。おもにエンタメ分野と、単純作業用途で人型ロボットの活用が一歩前進するだろう。単純作業としては、比較的限られたタスクを、限られた場所で、移動させるようなユースケースにマッチしている。移動効率だけならタイヤのほうが優れるが、多少の段差や空間移動には二足歩行が耐えうる場面もある。

とはいえ、価格的にエンタメ向けにはやや利用しやすくなり、目にする機会は増えるだろうが、パソコンのように一般に一気に普及するかというと、そうはならない。

人型ロボットの「できること」と「できないこと」

話題性やデモ動画では万能に見えるが、実用という観点では得意不得意がはっきりしている。

比較的できるタスク

  • 決まったルートの移動(受付・案内・巡回など)
  • 定型文での対話(受付・インフォメーション)
  • 簡単な物の受け渡し(サイズ・重量が限定される場合)
  • ざっくりした動きを活かしたエンタメ用途

このあたりは、すでにPepperなどで実証されてきた分野だ。2026年に向けては価格低下により、展示会、商業施設、イベント会場などで見かける機会は確実に増える。特に中国製ヒューマノイドの低価格化が進めば、「受付に1体置いてみる」「話題作りとして導入する」といった用途では導入障壁は下がる。

依然として難しいタスク

  • 柔らかい物体の扱い(衣類、食品、ケーブルなど)
  • 力加減が重要な作業(ネジ締め、組立、清掃の細部)
  • 環境が頻繁に変わる作業(家庭内全般)
  • 長時間の自律稼働と安全確保の両立

この問題は、AIの知能不足というよりも、物理的な「手」と「アクチュエータ」の限界に起因している。Boston Dynamicsのロボットがバク転できても、卵を割らずに持てないというのがわかりやすい例だ。

ARグラスがスマホを置き換えなかったように、ある程度の代替メリットを確立できなかった製品は、広まりそうで広まらない状況がしばらく続くことがある。期待の高まりと、幻滅期というものだ。

日本企業に向けた戦略

ロボット導入で見落とされがちなのは、「導入できるか」よりも「止めずに使い続けられるか」という視点である。
試験導入やPoCは比較的容易だが、現場で止まらずに動き続けるためには、保守、教育、安全、責任分界といった地味だが重い要素が不可欠になる。

2026年に向けて重要なのは、ロボットを「置けるか」ではなく、「運用し続けられるか」を基準に評価することである。

その一方で、「人型を研究しない」「触らない」という判断は、日本企業にとって中長期的なリスクにもなり得る。人型ロボットに対する評価は冷静であるべきだが、距離を取りすぎること自体が選択リスクになると考える。

理由は単純で、人型ロボットは実用以前に「技術の統合点」だからだ。二足歩行、バランス制御、センサー融合、アクチュエータ制御、リアルタイムAI推論。これらは将来的に人型として完成しなくても、他のロボット分野に横断的に波及する。


重要なのは、人型ロボットを主戦場と誤認しないことだ。今の段階では、客寄せパンダやバブル程度に距離を取りつつ、そこから派生する実用的な技術やソリューションを淡々と磨くことが、日本企業にとって最も現実的な戦略になる。

アンドゥリルが示したもの

昨年、米国企業のアンドゥリルが、日本産パーツを多く用いて製造したとされるドローンを公開した。これは、日本企業が持つ部品技術・生産技術が、最前線の軍事・防衛用途においても十分に通用していることを示している。

「日本企業同士が連携して取り組めば、国産でロボットやドローンを作れるのか」という問いに対して、答えは明らかとなった。

日本の価値を再認識させてくれるのが、いつも外圧や黒船であるという構図は、残念ながら今も変わっていない。しかし、今回の事例は、単なる危機感ではなく、「日本の立ち位置」を冷静に見直すきっかけになり得る。

完成品としてのヒューマノイド競争に無理に参戦する必要はない。しかし、ロボット・フィジカルAIの基盤技術を握り続けることは、日本にとって現実的で強い戦略だ。

もうひとつ、アンドゥリルが教えてくれた重要なキーワードはデュアルユースである。危機管理の一環として考えるなら、日本企業は国内民間ニーズだけで生き残れる時代は終わりつつある。軍事、宇宙、海外市場のニーズを取り込む方法を模索することが、重要な生存戦略となるだろう。

2026年、人型ロボットはどこに現れるか

2026年、人型ロボットは確実に「目にする存在」にはなる。

  • 商業施設の受付
  • 展示会・博覧会
  • テーマパーク・イベント
  • 企業PRや広告用途

しかしそれは、スマートフォンやパソコンのような「生活必需品としての普及」ではない。どちらかといえば、電脳メガネや3Dテレビに近い位置づけだろう。つまり、「あると面白い」「未来感はある」が、「なくても困らない」存在である。

人型ロボットより伸びるもの

一方で、2026年に確実に伸びるのは、人型ではないロボットだ。

  • 車輪+アーム型ロボット(倉庫・工場・病院)
  • 犬型ロボット(警備・点検・災害対応)
  • ドローン(点検・測量・監視)

これらは「人間の形」を捨て、その代わりにタスク効率を最大化している。結果として費用対効果が高く、導入理由も明確だ。

フィジカルAIの現在地

では、フィジカルAI全体もバブルなのだろうか。

結論から言えば、フィジカルAI全体がバブルというよりも、「期待の置きどころ」がずれていると考えている。現在は「何でもAI」「ロボット=AI」という言葉の混線が起きており、何が進化していて何がまだ難しいのかが分かりにくくなっている。

実際には、AIは二つの方向に分かれて進化している。

すでに成果が出ている分野

画像認識、異常検知、需要予測、最適化、シミュレーション。これらは人間の代替というより、「判断の補助」「工程の自動化」として着実に定着している。

期待が先行している分野

人型ロボットを含むフィジカルAIだ。ここでは知能そのものよりも、センサー、アクチュエータ、電力、耐久性、安全性といった物理の制約が支配的になる。生成AIの進化スピードをそのままロボットに当てはめてしまうと、必ずギャップが生まれる。

何がAIかわからなくなっている現在において重要なのは、「AIが何をしているのか」ではなく、「AIがどこで使われているのか」を見る視点だと思う。おそらく、目立たないが地道に価値を生むAIが、静かに広がっていく年になるだろう。

フィジカルAIも同様だ。器用さと反応的な知能を備えたロボットが家庭に入る未来は、もう少し先である。しかし、用途を絞り、環境を限定し、「人間がやらなくていい部分」を切り出したロボットは、すでに社会に入り始めている。

おわりに

2026年は、ロボット+AIに対する期待が先行して膨らむ年になるだろう。それは一歩間違えると失敗の始まりとなる。しかし、失敗を恐れず、幻想には溺れず。日本の企業には、ぜひ新たな挑戦に挑んで欲しい。

teppay発表に見えるSuicaの焦燥感と、本当にやるべき3つのこと

teppay発表が示すSuicaの焦燥感と現実

2025年11月25日、JR東日本はモバイルSuicaの新たなコード決済サービス「teppay(テッペイ)」を2026年秋に開始すると発表した。PASMOも2027年春から対応予定で、合わせて約3500万のモバイルユーザーを擁する巨大決済サービスの誕生となる。

しかし、この発表に対する世間の反応は冷ややかだった。

「鉄平?人名なの?」「Suica Payじゃダメだったのか」といったネーミングへの困惑。そもそも「鉄」にこだわっている時点で、交通インフラから脱却できていない。Suicaが目指すべきは「生活インフラ」としての決済手段であり、鉄道に縛られた名称では自ら可能性を狭めているようにも見える。高輪ゲートウェイ駅の命名騒動を思い出した人も多いだろう。

発表の背景には、Suicaの焦りがある。経済産業省のデータによれば、電子マネーとコード決済の決済金額は2〜3年前に逆転し、その差は広がり続けている。7100万人以上のユーザーを抱えるPayPayが市場の6割以上を占め、楽天ペイ、d払い、au PAYが続く。Suicaを含む交通系ICは、2万円の上限や全国展開の困難さもあって、決済手段としての存在感を失いつつある。

そもそも交通系ICがSuica、ICOCA、TOICAと地域ごとに分かれているのは、国鉄分割民営化の帰結だ。当時の判断には合理性があったかもしれないが、キャッシュレス決済が国際競争の時代に入った今、各JRが別会社という枠組みのままでは限界がある。一企業の努力では解決できない構造的課題であり、交通系決済インフラの再定義に向けて、政府が後押しすべき時期に来ているのではないか。
そうした構造的課題を抱えながらも、JR東日本はteppayで独自に活路を開こうとしている。しかし、その船出には不安がつきまとう。

驚くべきことに、teppayはバックエンドのシステムもアプリの作り込みも「これから」の状態で発表された。記者発表会で配布されたスマートフォンはデモンストレーション用で、実際のサービスはまだこれから。

大規模なシステム改修と聞くと、やはり頭をよぎるのは「みずほ銀行のシステムトラブル」だ。そして今年9月のアサヒグループHD、10月のアスクルと、大企業へのランサムウェア攻撃が立て続けに発生している。アサヒではビールや飲料の出荷が止まり、アスクルでは無印良品やロフトのネット通販まで巻き込んで停止した。決済インフラへの攻撃は、サプライチェーン全体に波及する。teppayが同様の標的にならない保証はない。

JCBとPASMOとの提携がまとまったこのタイミングで発表しなければ、PayPayとの差はさらに開く。かといって1年後のサービスインまで何も言わないわけにもいかない。苦渋の決断だったのだろう。しかし、その焦りが空回りしているようにも見える。

teppayの設計を見ると、いくつかの制約が目につく。teppay残高は現金として引き出せない。モバイルSuicaに一度チャージした残高はteppayに戻せない。残高上限は30万円。これらは「資金移動業者」ではなく「前払式支払手段」という金融カテゴリでサービスを展開することに起因する。本人確認なしでの送金を可能にするためのトレードオフだが、使い勝手の面では既存のコード決済サービスに見劣りする部分も多い。

そして何より、「なぜPayPayではなくteppayを使うのか」という問いへの答えが見えない。モバイルSuicaユーザーがそのまま使えるという導入ハードルの低さは確かにあるが、それは「積極的に使いたい理由」にはならない。JR東日本のエキナカ施設で少し便利、という程度では、PayPayの牙城を崩すことは難しいだろう。

とはいえ、モバイルSuicaにせよ、Suicaにせよ電子マネーというものを国内にもたらした先駆けであり、長年の愛用者の一人として、Suicaがこれから本当に取り組むべき課題は何かを考えたい。

コード決済市場でPayPayの後追いをすることが、果たしてSuicaの進むべき道なのか。

Suicaが本当に取り組むべき3本柱

1. 交通系ICの統合・共通化

日本の交通系ICカードは、Suica、PASMO、ICOCA、manacaなど全国で10種類近くが乱立している。相互利用が進み、どのカードでも全国の改札を通れるようにはなった。しかし、チャージ残高は各カードで別管理のままだ。東京でSuicaを使い、大阪でICOCAを持っていれば、残高は分散したまま。これが「キャッシュレス疲れ」の一因でもある。

teppayでSuicaとPASMO間の残高移動が可能になるのは、確かに一歩前進だ。しかし、これはあくまで首都圏の話に過ぎない。関西のICOCAユーザー、中京圏のmanacaユーザーは、現時点では対象外だ。

JR東日本は「キャッシュレス疲れ」を理由にteppay導入の意義を説明した。多くの生活者がキャッシュレスの多様化・複雑化にストレスを感じており、馴染みのサービスにまとめたいニーズがあるという。その主張自体は正しい。しかし、それならばコード決済を新たに増やすより先に、交通系IC同士の壁を壊すべきではなかったか。

全国の交通系ICが一つの残高で使え、どの地域でも同じようにチャージできる。そんな統合基盤こそが、本当の意味での「キャッシュレス疲れ」の解消になるはずだ。各社の利害調整は困難を極めるだろうが、JR東日本がリーダーシップを取るべき課題はここにある。

2. インバウンド対応

訪日観光客にとって、Suicaは「日本旅行の必需品」として広く認知されている。空港でSuicaを購入し、電車に乗り、コンビニで買い物をする。そのシームレスな体験は、日本のおもてなしの一つとして評価されてきた。

しかし、課題も山積みだ。帰国後に残った残高はどうするのか。海外発行のクレジットカードからのチャージは限定的で、Apple PayやGoogle Payの国際連携も十分ではない。せっかくSuicaを気に入っても、帰国後は使い道がなくなってしまう。

JR東日本は2024年12月に発表した「Suica Renaissance」構想で、多言語対応やクラウド化を謳っている。しかし、今回のteppay発表ではインバウンド視点がほぼ欠落していた。国内のPayPay対抗に目を奪われ、グローバルな視点を見失っているように見える。

訪日観光客は年間3000万人を超える規模に回復しつつある。この巨大な市場に対して、Suicaはもっとできることがあるはずだ。海外のApple Payとのシームレスな連携、帰国後も使えるオンラインサービスとの接続、残高の国際送金対応。PayPayとの国内競争に勝つことより、Suicaを「世界で使える日本発の決済手段」に育てることの方が、長期的には重要ではないか。

3. 決済コストの低減

店舗側から見たとき、決済手段の選択で最も重要なのは手数料だ。PayPayが中小店舗に急速に浸透した理由の一つは、初期の手数料無料キャンペーンだった。QRコードを印刷して貼るだけで導入でき、専用端末も不要。この手軽さとコストの低さが、個人商店や小規模飲食店への普及を後押しした。

一方、交通系ICは端末コストも決済手数料も高止まりしている。FeliCaリーダーの導入費用、決済ごとの手数料、月額の固定費。これらが中小店舗にとってはハードルとなり、結果として「Suicaが使える店」は大手チェーンや駅ナカに偏っている。

teppayはSmart Code加盟店(約160万カ所)で利用可能とされているが、加盟店手数料は「未定」のまま発表された。「コード決済として端末などは原則不要なので、安価に抑えたい」とのコメントはあったが、具体的な数字は示されていない。

JR東日本が本気でteppayを普及させるなら、ここで勝負をかけるべきだ。PayPayに対抗できる水準の手数料設定、導入支援キャンペーン、中小店舗向けの優遇措置。加盟店が増えなければ、ユーザーにとっての利便性も上がらない。3500万人のユーザー基盤があっても、使える場所がなければ意味がない。


守るべきもの:Suica固有の安心感

ここまでteppayへの懸念と、Suicaが取り組むべき課題を述べてきた。しかし、忘れてはならないのは、Suicaには他の決済手段にはない固有の強みがあるということだ。

子供がランドセルに横にぶら下げておいても安心。この一言に、Suicaの本質的な価値が凝縮されている。

Suicaは堅牢性が高い。センターサーバー方式への移行後も、障害時に備えた冗長構成が維持されている。そして何より、操作が不要だ。タッチするだけ。アプリを開く必要もなければ、QRコードを表示する必要もない。

この「安心・シンプル」こそがSuicaのブランド価値の核心であり、子供から高齢者まで幅広い層に支持される理由だ。スマートフォンの操作に不慣れな人でも、Suicaなら使える。

ところが、teppayはこの強みを希釈するリスクがある。コード決済を使うにはアプリを開かなければならない。QRコードを表示し、店員に見せるか、店舗のコードを読み取る必要がある。これは従来のSuicaの「タッチするだけ」という体験とは根本的に異なる。

モバイルSuicaユーザーの多くは普段アプリを開かない。スマホのウォレットにSuicaを入れて、改札でタッチするだけだ。この行動パターンを変えさせることは容易ではない。

むしろSuicaが追求すべきは、「タッチ」の進化形としての顔認証やミリ波ゲート認証ではないか。

JR東日本は改札という「毎日数千万人が通過するゲートインフラ」を持っている。QRコード決済でPayPayの土俵に上がるより、この固有資産を活かした「Suicaにしかできない進化」を目指すべきだろう。


今後の懸念

名称公募のドタバタ劇

teppayという名称への批判は収まる気配がない。このままでは、JR東日本が「皆様の声を受けて名称を再検討します」と言い出す可能性もあるのではと思ってしまう。

高輪ゲートウェイ駅の時を思い出してほしい。あの時も駅名公募が行われたが、1位の「高輪」や2位の「芝浦」を無視して「高輪ゲートウェイ」が採用された。署名運動が起き、批判が殺到したが、JR東日本は押し通した。

今回も同じパターンになるのか。あるいは批判を受けて公募を実施し、結局また微妙な名前に落ち着くのか。いずれにせよ、名称問題でドタバタすることは、サービス本体への信頼を損なうことにつながる。名前を変えれば解決するような問題ではないのだ。

システムトラブルへの懸念

より深刻な懸念は、システムトラブルだ。

前述の通り、teppayはバックエンドもアプリも「これから作る」状態で発表された。2026年秋のサービスインまで約1年。3500万人のユーザーを抱えるサービスを、この期間で安定稼働させられるのか。

みずほ銀行のシステム障害を思い出してほしい。2021年から2022年にかけて、みずほ銀行は11回ものシステム障害を起こし、金融庁から業務改善命令を受けた。複雑なシステム統合を急いだ結果、品質管理が追いつかなかったことが原因の一つとされている。

teppayも同様のリスクを抱えている。モバイルSuicaという既存の巨大システムに、コード決済機能を追加し、PASMOとも連携させ、JCBプリカの発行機能も持たせる。さらにJRE POINTとは別の「teppayポイント」という新しいポイントシステムも導入する。これだけの要素を1年で統合するのは、相当な難易度だ。

サービスイン直後に大規模障害が発生すれば、Suicaブランド全体への信頼が揺らぐ。「突貫工事」の代償を払うことにならないよう、願うばかりだ。

サイバーセキュリティの課題

決済サービスである以上、サイバー攻撃への備えは必須だ。

teppayは「前払式支払手段」として本人確認なしでの送金を可能にしている。これは利便性の面ではメリットだが、セキュリティの面ではリスクでもある。30万円の上限があるとはいえ、送金機能が悪用される可能性は否定できない。

2020年に発生したドコモ口座の不正利用事件を覚えている人も多いだろう。本人確認の甘さを突かれ、他人の銀行口座から不正にチャージされる被害が相次いだ。teppayが同様の攻撃にさらされない保証はない。

JR東日本は「必要な監視を行ってセキュリティを高める」としているが、具体的な対策は明らかにされていない。3500万人の決済情報を守るセキュリティ体制がどこまで整備されているのか、ユーザーとしては不安が残る。


ここまでteppayへの懸念を述べてきたが、最後に少し話題を変えて、キャッシュレス決済全般について感じたことを書いておきたい。


あとがき

GoPayで気づいたレシートレスの価値

話は変わるが、最近タクシー配車アプリ「GO」のGoPay機能を使って、ちょっとした発見があった。

降車時に自動決済されるのは便利だと思っていたが、後から領収書をアプリ内で発行できることを知らなかった。乗車履歴から必要な領収書を発行できるので、それを経費精算にもそのまま使えるようだ。これは地味だが画期的だ。

私は昔、タクシーに携帯電話を置き忘れたことがある。それ以来、どこでどの会社のタクシーに乗ったかを確認できるよう、レシートは必ずもらうようにしている。キャッシュレス時代になっても、この習慣は変わらない。

しかし考えてみると、キャッシュレス決済の多くは「お金を払った記録」は残るが、「何を買ったか」の詳細は残らない。クレジットカードの明細には店名と金額しか出ない。Suicaの履歴も同様で、駅名は出るが、物販は店名程度の情報しかない。コンビニで何を買ったか、後から確認する術がないのだ。もちろん不要な場合もあるのだが、基本的にはオプトアウト方式で良さそうなもんである。

GoPayのように、決済と同時に詳細な記録がデジタルで残り、必要に応じて取り出せる。これこそがキャッシュレスの本来あるべき姿ではないか。紙のレシートをもらって財布に突っ込み、後で整理するという行為自体が、本来は不要になるべきものだ。

Suicaも、この辺りはまだまだ改善の余地がある。乗車履歴や物販履歴をもっと詳細に、もっと使いやすい形で提供できれば、ユーザー体験は大きく向上するはずだ。


がんばれSuicaペンギン!

Suicaには、PayPayにはない固有の強みがある。20年以上かけて築いた交通インフラとの一体性。タッチするだけのシンプルさ。子供から高齢者まで安心して使える設計。これらを活かした「Suicaにしかできない進化」こそが、目指すべき方向ではないか。

交通系ICの全国統合、インバウンド対応の強化、決済コストの低減。これらの本質的な課題に正面から取り組むことが、結果的にSuicaの競争力を高めることになる。

teppayが単なるPayPayの劣化コピーで終わるのか、それともSuica復権の足がかりになるのか。それは今後1年間の開発と、サービスイン後の機能改善にかかっている。

突貫工事でシステムトラブルを起こさないこと。セキュリティを万全にすること。そして何より、ユーザーに「teppayを使いたい理由」を示すこと。課題は山積みだが、3500万人のユーザー基盤は確かに存在する。

QR対応はもちろん重要だ。しかし、Suicaにしかできない価値を見失わなければ、道は開けるはずだ。

動かすのは理念か仕組みか?

チームみらいが示す新しい政治の視点

「誰が、何を」より「仕組みをどうするか」

彼らの注目すべき点は、単に政策(ポリシー)を掲げるのではなく、仕組み(システム)そのものを見直そうとしているところにある。

チームみらい率いる安野さんには、投票こそできなかったものの、2024の
都知事選の出馬から注目している。

従来政治の限界:「誰が」「何を」

これまでの政治は、「誰がリーダーか」「どんなマニフェストを出すか」という文脈で語られてきた。
もちろん、それ自体が間違いではない。
政治は人が動かすものであり、理念や方針を示すことは不可欠だ。

だが、そもそもその政策を動かす仕組み自体が壊れていたら?

どれだけ優秀な人がいても、どんな立派な政策を掲げても、現実はなかなか動かない。
まるで、壊れた歯車にどんな新しい部品を入れても、結局噛み合わないように。

理念さえ正しければ、壊れた船でも目的地に辿り着くことができるかもしれない。

リーダが変われば、大きく変わることはもちろんある。

しかし、仕組みや構造というのは、それ以上に大きな力を持っていて、地球の重力のように、あらゆるものに作用している。

仕組みを見直す政治

チームみらいが面白いのは、「人」や「政策」を超えて、システムそのものに焦点を当てている点だ。

たとえば行政の透明化、意思決定プロセスの共有、テクノロジーを使った参加型ガバナンス――。
こうした「仕組みの設計」を先に考えることで、政治が個人の力量に依存しない状態を目指している。

これまでの政治が「船長」「目的地」を選ぶことに集中していたとすれば、
彼らは船そのものから見直しているようなものだ。

話は少し脱線するが、安野氏、議員定数の比例削減に反対

というニュースの見出しを見た時に、少し意外な印象をうけた。

それは、チームみらいがテクノロジーの力で無駄を減らすという理念とギャップを感じたからである。

実際には、定数を削減すると、小さな政党はあふれてしまうということなので、これもまた仕組みとして、定数削減が正しいとは言い切れないからである。

政治家の歳費に関しても同様のことが言えるだろう。

歳費を削れば日本が豊かになるかというとそうはならず、お金集めがうまい人が有利になるという意味で、金額だけでの正解はないのが実際である。

成長か衰退か -日本が取るべきテック産業集中戦略

日本は、遠くない未来人口は1億人を切り、1割は外国からの流入となる。
おそらくこれが、既定路線である。とても日本的な成り行きであり、当然の帰結かと思う。

少子高齢化はさらに進み、GDPは今より下がるかもしれない。しかし、本質的に重要なのは「国全体の数値」ではなく、「個人として豊かに生きられるかどうか」だ。国籍や人種に関係なく、人類がどのように生き、どんな役割を果たすべきかを考えることのほうが、長期的には意味がある。

とはいえ、テックサイドの人間として、今日本がとるべき方針として、言っておきたいことはある。

政治の中枢に、深い技術理解を持つ人材を配置し、日本のテック戦略を前進させるべき。

行政のDX化も必要だが、「既存の仕組みの改善」にとどまらず、

  • 日本がどの分野で戦略的に勝負するのか
  • 何に投資し、どう育てるのか
    を明確に決め、集中と選択は当然だが、「テック産業の育成視点」を持った政策を展開するべきだ。

これは、韓国が日本をGDPで追い抜いた事や、台湾が発展した理由を考えれば、自ずと見えてくる道筋だ。逆に言えば、そこに活路を見いださなければ、日本が再び成長軌道に乗る具体的な策はほとんど残されていない。

AIや半導体は、その中核を担う分野になるだろう。だが、これらを狙う国は多く、競争は激しい。
だからこそ、正しいタイミングで正しいステップを踏み、競合にどう勝つのかという勝算を描ける人物に、大きな権限を委ねることが不可欠だと考える。

PLAYLIST

最近聴いている曲のプレイリスト

Daniela Pes – “illa-sera”
Sardinianのアーティスト、Sardinianはイタリアの地中海に浮かぶ島との事。
イタリア語とも少し違うような気がする。(たぶんサルデーニャ語)なんと言ってるかはわからないが、AIで翻訳するとなんとなくわかる。


DE DE MOUSE – “Summer ever”
日本のアーティスト、夏っぽいサウンドって特に意識して聴くことはないのだが、
まあ夏かなあと思う一曲。

okgiorgio – “ok </3”
途中、雑音とメロディがぶつかり合いながらも調和している、不思議なサウンド。
ノスタルジックなのにスピード感があり、まるで雪の中を時速300kmで駆け抜ける特急列車のよう。
懐古主義的な感傷と、未来に突き進む疾走感が同居している。



Ji Phonk – “Skibidi Bop Bop Yes Yes Brazilian Phonk”
Skibidi Toilet甥っ子が少し前にハマっていて、影響をうけた。
ロシアのショートCGアニメらしいが、“トイレは落ち着く場所”というのは、
意外と万国共通の価値観かもしれない。
監視社会で、唯一落ち着くのがトイレ、そこに「Skibidi Toilet」が現れて邪魔するというのが
ロシアっぽいなという所で興味を持った。


Radiohead – “Everything In Its Right Place”
2000年リリースの懐かしいナンバー。
レディオヘッドがバンドとしての方向性を模索していた時期であり、混沌とした時代感が音に表れている。今聴いても深いなと思う。


椎名林檎 – 「いとをかし」
椎名林檎らしい歌詞。人生はどうせ美しい。

AI時代のコミュニケーション能力

少し前に、SNSでみかけて、たしかにと思った投稿、「AIを使うと能力が下がるというけれど自分はいくらか下がったとして、影響があるほど高知能じゃない」というもの。

たしかに、アスリートが、いくらか運動能力が低下してしまう事であれば、大会出場などにおいて、クリティカルな問題かと思う。しかし、普通の人が、自動車をよく使う事で、多少運動不足を招いたとて、自動車(自動車に限らず電車でも、自転車でもよいが)のある生活の方がはるかに便利だと思う。

Youtubeの登場によって、いくつかの分野では、動画による学習コンテンツが登場したことにより、素人なのに、プロ並みに技能をつけたという話がいくつかあるようだ。同様にAIの登場は、専用のトレーナーもしくは家庭教師のように、個人の学習にとことん付き合ってくれるので、従来の学習にくらべるとはるかに、効果的に学べる領域がふえてきていると思う。

ビジネスの領域においても、AIを使っている企業が、少人数で大きな生産性に繋がっていたら、それを導入しない企業より、日に日に差をつけられることにつながり、非導入企業はいくつかの分野では淘汰されていく可能性はある。

AI脅威論の中で、AIにできない事、AIに奪われない仕事に目を向けようというポジショントークを時々みかける。

たしかに人間にしかできないもの、という観点は、あり得ると思う。

しかし、そこに需要が集まるのであれば、今度は人間同士が競合する事になるので、それはそれで取り合いになると考えられる。

それでも、そこを狙いたいと考えるのであれば、それは否定はしないが、私自身はまずAIは、利用できる部分をできるだけ利用し、なにができるか、それをどのようにしたら効率よく使えるか、どのような場合にデメリットがあるか、しっかり把握しておくことの方が、優先順位は高いと考えている。

claudeを1年ほど使って最近思うのは、AIが相棒的な存在になりうるという点。

AIはClaudeだけではないが、Grokとか急に使うとなんかこいつキモいなと思う。そこまで自覚はないが、今後AIがもっと自分にフィットしていくようになると、人間のように親しみが湧いてきて、なんかの拍子に使えなくなると、喪失感につながりそうな気もしている。

AIのデザインとして、キャラクターと、ユーザーの記憶という部分はやや大きなテーマとなりえる。
例えば、AIBOは飼ったことないが、aiboの記憶はクラウドに保存されていて、引き継ぐ事ができるという。
LLMに関しても、この部分については、配慮が必要かもしれない。

長くなったがそろそろ本題に。

検索に関しても、効率よく検索するキーワード指定があるようにLLMを使うのにも、効率の良いプロンプトというのが存在する。

私の場合は、文章作成での用途は少なく、AIが、だいたい察してくれるので、細かな設定はほとんど不要。

文章作成であっても、適度に例文をもらえれば、参考にして使う方が、AIの文章に「のまれなくて」よいと思っている。

人間でも、アレクサでも、相手がわかりやすい質問を投げると言うのは、効率良い応対を受けるためには重要な点だと思う。

検索エンジンも、使い方次第で必要な情報を得られるまでに、多くの手数を必要とするので、どのLLMにどんな質問をするのかは、相手をある程度知る必要があるし、その点で、AI時代のコミュニケーション能力というのは少なからず必要な要素だと思う。

人類の進化と多様な知性の可能性

日本人口は2011年以降、徐々に減少の一途を辿っている。
予測では、2050年には1億人を割り込むとされる。


このような状況下で、政府は経済成長とGDP上昇による国の発展維持を掲げているが、これは現実的とは言い難い。
確かに、移民の受け入れ拡大や生産性向上という、掛け声は聞かれるものの、現実的には困難だろう。まあ移民に関しては受け入れの意思があろうがなかろうが、独立性が薄まれば、生存競争というなかで、消極的な受け入れにつながるだろうと考えている。

しかしより本質的な問題と考えるべきは、国家という名の布教活動が幸福の条件ではないのだから、個々の人生であったり、自らが支持する集団が、この生存競争の中で、持続しつつも、成長・繁栄にあたって必要なアップデートを実施する事こそが重要なのである。

イギリスのブレグジットにに見る民主主義の課題

現代の民主主義システムには、優先順位に基づいた段階的な改革を実施する仕組みが十分に備わっていない。

これはブレグジットにおいて顕著に表れた問題だが、同様の課題は世界各地で見られる。

皮肉なことに、一部の独裁的または中央集権的な統治体制の方が、より効率的な政策実行を実現している例も存在する。これは民主主義の不都合な真実と言えるかもしれない。今後は「すべての民意が等しく正しい」という幻想から脱却し、平等ではないが公平な社会、全員の合意ではなくとも、より正しい「We」の判断に重きを置く制度設計が求められる。


新たな知性の創造へ

日本の人口減少は、平和と豊かさがもたらした結果とも解釈できる。

仮に極めて厳しい生存環境下であれば、出生率は自然と上昇するだろう。

しかし、先進国で最も手厚い子育て支援を実施するフランスですら、出生率2.0には到達していない事実は、現代社会における自然な帰結とも言える。


このような状況下で、新たな発展の方向性として、AIの発展や、人間以外の知的生命体の創造という選択肢が浮上してくる。

例えば、知能を強化した類人猿や、高度な知性を持つ頭足類を宇宙開発のフロンティアとして活用するという構想は、技術的にも倫理的にも検討に値する可能性を秘めている(社会的な議論は必要だし、普通に炎上するだろうけど)。


結論として、人口減少への対応は、単なる人口維持や経済成長という従来の枠組みを超えて、新たな知性の創造と共生という、より広い視野で検討されるべき時期に来ているのではないだろうか。 

SNSに何を求めるか?

SNSの有害性が、顕著になってきた今、SNSとはどうあるべきか?改めて考える。

人によってSNSの活用目的はさまざまだが、大きく以下のように分けられる。
・既存の知り合いとのコミュニケーション
 これは、LINEでよいかなというところはある。
 もともとはFacbookももっとクローズドなSNSだったと思うが、利益の追求の過程で、
 中毒性のほうが優先された結果、今のSNSが成り立っている。


・ネットの知り合いとのコミュニケーション
 共通の関心を持つ人々とつながる場として、FacebookやInstagram、X(旧Twitter)などは便利である。
 一方で、攻撃的なコンテンツや、フェイクニュース、他人すぎる情報、などは、
 有害だったり、不要なものが多く含まれる。

情報

氾濫する情報の中で、欲しい情報というのは意外と手に入りそうでなかなか手に入らなかったりする。
そこで、その分野のスペシャリストだったり、それに関心を持っていそうな人をフォローすることで、情報を得られるというのが、SNSのメリットだと思う。

半径3kmのつながり

距離にあまり厳密な意味はないが、物理的に近かったり、距離は近くなくても、もう少し狭い範囲でのコミュニケーションというのもありだと思う。

完全にクローズドではないが、かといって誰でもOKというわけではなく、すくなくともそのコミュニティの目指しているものを理解し、発言できる、ちょっとした内輪。

村社会を抜け出して、お金による高度な分業を実行。それにより見ず知らずの人々は、集まって高度な機器や高層ビルを構築することに成功した。

その一方で、数百メートルの生活圏だったり、顔馴染みの人がいて、どこかしらのコミュニティに属していたり、そのようなニーズは今でも存在していると考える。

繋がりすぎた社会の問題点

社会が繋がりすぎることで、さまざまな摩擦や問題が生じている。

型にはまった統一性は窮屈で自由を奪うが、一方で、水と油のように性質が異なるものが同じ場所で快適に共存するためには、適切なゾーニングが必要だ。

油も石鹸の力を借りれば水と混ざっているように見えることがある。同様に、異なる価値観や文化を持つ個人同士でも、適切な調整や仕組みがあれば共存が可能だ。

究極的には、個々を石鹸膜のように保護しながら、社会に溶け込んでいるように見せる状態が理想だろう。しかし、モザイク国家のように、適度なゾーニングによる分断が、一定の規律や住みやすさを保つ上で必要になることもあるのかもしれない。

独裁、分断、孤立

現在世界でおきている現象や反応というのは、環境の変化によってもたらされた、反応であり、反応をそのまま見ているだけだと、おそらく解決にはならない。

必要なのは、自分たちには何が必要なのかをそれぞれ考えで、そのためには、繋がりとゾーニングを適切に実施していく事が重要なのだろう。