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teppay発表に見えるSuicaの焦燥感と、本当にやるべき3つのこと

teppay発表が示すSuicaの焦燥感と現実

2025年11月25日、JR東日本はモバイルSuicaの新たなコード決済サービス「teppay(テッペイ)」を2026年秋に開始すると発表した。PASMOも2027年春から対応予定で、合わせて約3500万のモバイルユーザーを擁する巨大決済サービスの誕生となる。

しかし、この発表に対する世間の反応は冷ややかだった。

「鉄平?人名なの?」「Suica Payじゃダメだったのか」といったネーミングへの困惑。そもそも「鉄」にこだわっている時点で、交通インフラから脱却できていない。Suicaが目指すべきは「生活インフラ」としての決済手段であり、鉄道に縛られた名称では自ら可能性を狭めているようにも見える。高輪ゲートウェイ駅の命名騒動を思い出した人も多いだろう。

発表の背景には、Suicaの焦りがある。経済産業省のデータによれば、電子マネーとコード決済の決済金額は2〜3年前に逆転し、その差は広がり続けている。7100万人以上のユーザーを抱えるPayPayが市場の6割以上を占め、楽天ペイ、d払い、au PAYが続く。Suicaを含む交通系ICは、2万円の上限や全国展開の困難さもあって、決済手段としての存在感を失いつつある。

そもそも交通系ICがSuica、ICOCA、TOICAと地域ごとに分かれているのは、国鉄分割民営化の帰結だ。当時の判断には合理性があったかもしれないが、キャッシュレス決済が国際競争の時代に入った今、各JRが別会社という枠組みのままでは限界がある。一企業の努力では解決できない構造的課題であり、交通系決済インフラの再定義に向けて、政府が後押しすべき時期に来ているのではないか。
そうした構造的課題を抱えながらも、JR東日本はteppayで独自に活路を開こうとしている。しかし、その船出には不安がつきまとう。

驚くべきことに、teppayはバックエンドのシステムもアプリの作り込みも「これから」の状態で発表された。記者発表会で配布されたスマートフォンはデモンストレーション用で、実際のサービスはまだこれから。

大規模なシステム改修と聞くと、やはり頭をよぎるのは「みずほ銀行のシステムトラブル」だ。そして今年9月のアサヒグループHD、10月のアスクルと、大企業へのランサムウェア攻撃が立て続けに発生している。アサヒではビールや飲料の出荷が止まり、アスクルでは無印良品やロフトのネット通販まで巻き込んで停止した。決済インフラへの攻撃は、サプライチェーン全体に波及する。teppayが同様の標的にならない保証はない。

JCBとPASMOとの提携がまとまったこのタイミングで発表しなければ、PayPayとの差はさらに開く。かといって1年後のサービスインまで何も言わないわけにもいかない。苦渋の決断だったのだろう。しかし、その焦りが空回りしているようにも見える。

teppayの設計を見ると、いくつかの制約が目につく。teppay残高は現金として引き出せない。モバイルSuicaに一度チャージした残高はteppayに戻せない。残高上限は30万円。これらは「資金移動業者」ではなく「前払式支払手段」という金融カテゴリでサービスを展開することに起因する。本人確認なしでの送金を可能にするためのトレードオフだが、使い勝手の面では既存のコード決済サービスに見劣りする部分も多い。

そして何より、「なぜPayPayではなくteppayを使うのか」という問いへの答えが見えない。モバイルSuicaユーザーがそのまま使えるという導入ハードルの低さは確かにあるが、それは「積極的に使いたい理由」にはならない。JR東日本のエキナカ施設で少し便利、という程度では、PayPayの牙城を崩すことは難しいだろう。

とはいえ、モバイルSuicaにせよ、Suicaにせよ電子マネーというものを国内にもたらした先駆けであり、長年の愛用者の一人として、Suicaがこれから本当に取り組むべき課題は何かを考えたい。

コード決済市場でPayPayの後追いをすることが、果たしてSuicaの進むべき道なのか。

Suicaが本当に取り組むべき3本柱

1. 交通系ICの統合・共通化

日本の交通系ICカードは、Suica、PASMO、ICOCA、manacaなど全国で10種類近くが乱立している。相互利用が進み、どのカードでも全国の改札を通れるようにはなった。しかし、チャージ残高は各カードで別管理のままだ。東京でSuicaを使い、大阪でICOCAを持っていれば、残高は分散したまま。これが「キャッシュレス疲れ」の一因でもある。

teppayでSuicaとPASMO間の残高移動が可能になるのは、確かに一歩前進だ。しかし、これはあくまで首都圏の話に過ぎない。関西のICOCAユーザー、中京圏のmanacaユーザーは、現時点では対象外だ。

JR東日本は「キャッシュレス疲れ」を理由にteppay導入の意義を説明した。多くの生活者がキャッシュレスの多様化・複雑化にストレスを感じており、馴染みのサービスにまとめたいニーズがあるという。その主張自体は正しい。しかし、それならばコード決済を新たに増やすより先に、交通系IC同士の壁を壊すべきではなかったか。

全国の交通系ICが一つの残高で使え、どの地域でも同じようにチャージできる。そんな統合基盤こそが、本当の意味での「キャッシュレス疲れ」の解消になるはずだ。各社の利害調整は困難を極めるだろうが、JR東日本がリーダーシップを取るべき課題はここにある。

2. インバウンド対応

訪日観光客にとって、Suicaは「日本旅行の必需品」として広く認知されている。空港でSuicaを購入し、電車に乗り、コンビニで買い物をする。そのシームレスな体験は、日本のおもてなしの一つとして評価されてきた。

しかし、課題も山積みだ。帰国後に残った残高はどうするのか。海外発行のクレジットカードからのチャージは限定的で、Apple PayやGoogle Payの国際連携も十分ではない。せっかくSuicaを気に入っても、帰国後は使い道がなくなってしまう。

JR東日本は2024年12月に発表した「Suica Renaissance」構想で、多言語対応やクラウド化を謳っている。しかし、今回のteppay発表ではインバウンド視点がほぼ欠落していた。国内のPayPay対抗に目を奪われ、グローバルな視点を見失っているように見える。

訪日観光客は年間3000万人を超える規模に回復しつつある。この巨大な市場に対して、Suicaはもっとできることがあるはずだ。海外のApple Payとのシームレスな連携、帰国後も使えるオンラインサービスとの接続、残高の国際送金対応。PayPayとの国内競争に勝つことより、Suicaを「世界で使える日本発の決済手段」に育てることの方が、長期的には重要ではないか。

3. 決済コストの低減

店舗側から見たとき、決済手段の選択で最も重要なのは手数料だ。PayPayが中小店舗に急速に浸透した理由の一つは、初期の手数料無料キャンペーンだった。QRコードを印刷して貼るだけで導入でき、専用端末も不要。この手軽さとコストの低さが、個人商店や小規模飲食店への普及を後押しした。

一方、交通系ICは端末コストも決済手数料も高止まりしている。FeliCaリーダーの導入費用、決済ごとの手数料、月額の固定費。これらが中小店舗にとってはハードルとなり、結果として「Suicaが使える店」は大手チェーンや駅ナカに偏っている。

teppayはSmart Code加盟店(約160万カ所)で利用可能とされているが、加盟店手数料は「未定」のまま発表された。「コード決済として端末などは原則不要なので、安価に抑えたい」とのコメントはあったが、具体的な数字は示されていない。

JR東日本が本気でteppayを普及させるなら、ここで勝負をかけるべきだ。PayPayに対抗できる水準の手数料設定、導入支援キャンペーン、中小店舗向けの優遇措置。加盟店が増えなければ、ユーザーにとっての利便性も上がらない。3500万人のユーザー基盤があっても、使える場所がなければ意味がない。


守るべきもの:Suica固有の安心感

ここまでteppayへの懸念と、Suicaが取り組むべき課題を述べてきた。しかし、忘れてはならないのは、Suicaには他の決済手段にはない固有の強みがあるということだ。

子供がランドセルに横にぶら下げておいても安心。この一言に、Suicaの本質的な価値が凝縮されている。

Suicaは堅牢性が高い。センターサーバー方式への移行後も、障害時に備えた冗長構成が維持されている。そして何より、操作が不要だ。タッチするだけ。アプリを開く必要もなければ、QRコードを表示する必要もない。

この「安心・シンプル」こそがSuicaのブランド価値の核心であり、子供から高齢者まで幅広い層に支持される理由だ。スマートフォンの操作に不慣れな人でも、Suicaなら使える。

ところが、teppayはこの強みを希釈するリスクがある。コード決済を使うにはアプリを開かなければならない。QRコードを表示し、店員に見せるか、店舗のコードを読み取る必要がある。これは従来のSuicaの「タッチするだけ」という体験とは根本的に異なる。

モバイルSuicaユーザーの多くは普段アプリを開かない。スマホのウォレットにSuicaを入れて、改札でタッチするだけだ。この行動パターンを変えさせることは容易ではない。

むしろSuicaが追求すべきは、「タッチ」の進化形としての顔認証やミリ波ゲート認証ではないか。

JR東日本は改札という「毎日数千万人が通過するゲートインフラ」を持っている。QRコード決済でPayPayの土俵に上がるより、この固有資産を活かした「Suicaにしかできない進化」を目指すべきだろう。


今後の懸念

名称公募のドタバタ劇

teppayという名称への批判は収まる気配がない。このままでは、JR東日本が「皆様の声を受けて名称を再検討します」と言い出す可能性もあるのではと思ってしまう。

高輪ゲートウェイ駅の時を思い出してほしい。あの時も駅名公募が行われたが、1位の「高輪」や2位の「芝浦」を無視して「高輪ゲートウェイ」が採用された。署名運動が起き、批判が殺到したが、JR東日本は押し通した。

今回も同じパターンになるのか。あるいは批判を受けて公募を実施し、結局また微妙な名前に落ち着くのか。いずれにせよ、名称問題でドタバタすることは、サービス本体への信頼を損なうことにつながる。名前を変えれば解決するような問題ではないのだ。

システムトラブルへの懸念

より深刻な懸念は、システムトラブルだ。

前述の通り、teppayはバックエンドもアプリも「これから作る」状態で発表された。2026年秋のサービスインまで約1年。3500万人のユーザーを抱えるサービスを、この期間で安定稼働させられるのか。

みずほ銀行のシステム障害を思い出してほしい。2021年から2022年にかけて、みずほ銀行は11回ものシステム障害を起こし、金融庁から業務改善命令を受けた。複雑なシステム統合を急いだ結果、品質管理が追いつかなかったことが原因の一つとされている。

teppayも同様のリスクを抱えている。モバイルSuicaという既存の巨大システムに、コード決済機能を追加し、PASMOとも連携させ、JCBプリカの発行機能も持たせる。さらにJRE POINTとは別の「teppayポイント」という新しいポイントシステムも導入する。これだけの要素を1年で統合するのは、相当な難易度だ。

サービスイン直後に大規模障害が発生すれば、Suicaブランド全体への信頼が揺らぐ。「突貫工事」の代償を払うことにならないよう、願うばかりだ。

サイバーセキュリティの課題

決済サービスである以上、サイバー攻撃への備えは必須だ。

teppayは「前払式支払手段」として本人確認なしでの送金を可能にしている。これは利便性の面ではメリットだが、セキュリティの面ではリスクでもある。30万円の上限があるとはいえ、送金機能が悪用される可能性は否定できない。

2020年に発生したドコモ口座の不正利用事件を覚えている人も多いだろう。本人確認の甘さを突かれ、他人の銀行口座から不正にチャージされる被害が相次いだ。teppayが同様の攻撃にさらされない保証はない。

JR東日本は「必要な監視を行ってセキュリティを高める」としているが、具体的な対策は明らかにされていない。3500万人の決済情報を守るセキュリティ体制がどこまで整備されているのか、ユーザーとしては不安が残る。


ここまでteppayへの懸念を述べてきたが、最後に少し話題を変えて、キャッシュレス決済全般について感じたことを書いておきたい。


あとがき

GoPayで気づいたレシートレスの価値

話は変わるが、最近タクシー配車アプリ「GO」のGoPay機能を使って、ちょっとした発見があった。

降車時に自動決済されるのは便利だと思っていたが、後から領収書をアプリ内で発行できることを知らなかった。乗車履歴から必要な領収書を発行できるので、それを経費精算にもそのまま使えるようだ。これは地味だが画期的だ。

私は昔、タクシーに携帯電話を置き忘れたことがある。それ以来、どこでどの会社のタクシーに乗ったかを確認できるよう、レシートは必ずもらうようにしている。キャッシュレス時代になっても、この習慣は変わらない。

しかし考えてみると、キャッシュレス決済の多くは「お金を払った記録」は残るが、「何を買ったか」の詳細は残らない。クレジットカードの明細には店名と金額しか出ない。Suicaの履歴も同様で、駅名は出るが、物販は店名程度の情報しかない。コンビニで何を買ったか、後から確認する術がないのだ。もちろん不要な場合もあるのだが、基本的にはオプトアウト方式で良さそうなもんである。

GoPayのように、決済と同時に詳細な記録がデジタルで残り、必要に応じて取り出せる。これこそがキャッシュレスの本来あるべき姿ではないか。紙のレシートをもらって財布に突っ込み、後で整理するという行為自体が、本来は不要になるべきものだ。

Suicaも、この辺りはまだまだ改善の余地がある。乗車履歴や物販履歴をもっと詳細に、もっと使いやすい形で提供できれば、ユーザー体験は大きく向上するはずだ。


がんばれSuicaペンギン

Suicaには、PayPayにはない固有の強みがある。20年以上かけて築いた交通インフラとの一体性。タッチするだけのシンプルさ。子供から高齢者まで安心して使える設計。これらを活かした「Suicaにしかできない進化」こそが、目指すべき方向ではないか。

交通系ICの全国統合、インバウンド対応の強化、決済コストの低減。これらの本質的な課題に正面から取り組むことが、結果的にSuicaの競争力を高めることになる。

teppayが単なるPayPayの劣化コピーで終わるのか、それともSuica復権の足がかりになるのか。それは今後1年間の開発と、サービスイン後の機能改善にかかっている。

突貫工事でシステムトラブルを起こさないこと。セキュリティを万全にすること。そして何より、ユーザーに「teppayを使いたい理由」を示すこと。課題は山積みだが、3500万人のユーザー基盤は確かに存在する。

QR対応はもちろん重要だ。しかし、Suicaにしかできない価値を見失わなければ、道は開けるはずだ。