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カテゴリー: 食

音楽はどうあるべきか?

近年 CD、レコード業界が衰退しているという。
少子化。若者がスマフォにお金を使ってしまい、CDにお金をかけられない。アーティストの多様化。ネットの普及による影響。理由はいろいろあると思う。
ただ私が思うのは。本来、音楽はフリーであるべきで、ビジネスのための道具でもなければ、ファッションでもない。
時に、音楽が芸術になり、エンターテイメント、ビジネスにもなりうるものだが、本来音楽は自由であるべきだ。
音楽に、色をつけたり、パッケージ化して、音楽を販売することが悪というわけではないが、
近年音楽は、ビジネス化に傾向しすぎたと思う。

話は少しそれるが、料理は著作物にならないのか?という問題がある。
コーラのレシピ、ケンタッキーフライドチキンのスパイス。
もし料理の世界も、著作権があれば、こういったものは著作権的な法律で保護されていただろうと思う。
なぜ料理は音楽と同様に法律で保護されるような、対象にならなかったのだろうか。
料理がこれまで、あまりイデオロギー的な方向へは走らなかったことや、
食が生に直結しているので、管理組織が入り込む余地が少なかったのかもしれない。

もしJASRACが、料理著作権を、管理していたらどうなってただろうか。
給食でカレーを出そうとしたら、味付けがボンカレーに似ていると、訴えられ、著作権料を徴収されているかもしれない。
少なくともセブンのポンデリングなど、訴えられている事だろう。
さらに、普通に近所の店で買った所持をしてたら、違法ダウンロードして作った料理だとガサ入れが入って逮捕されるなんて事もあるかもしれない。

そう考えると、料理のレシピが著作権的な物で保護されてなくてよかったのかと思う。
というわけで、パクリ食品はどうかと思うが、食べ物はフリーであるべきだし、音楽もフリーであるべきだと思う。

トマト祭り中止

んまあ、あれ面白いそうだから日本でもやろうぜ的な軽いのりが、思いのほか非難を浴びて中止という事なんだろう。
たしかに、食べ物を粗末にしてはいけない。
とはいうものの、世界の中で、日本は食べ物の廃棄率でトップレベルだったはずだ。
というわけで今回は、食べ物は捨てていいのかという話と。
食べ物は駄目だけど、飲み物はよいのか?
という話。
まず、脱線先である飲み物はよいのか?という話。
飲み物として代表的な水。
水道をひねれば、そのまま飲める我が国ではさほどありがたくもないかもしれないが、
「水道水が飲める国は13か国」とかいう話もあり、人が生きていく上でも重要な
要素である水は重要な存在である。
ただ、水って生き物じゃなよね。
という反論はあろうかと思う。
たしかにそうだ、水は資源であって、生き物ではない。
じゃあ牛乳祭りとして、牛乳をかけあう催しはどうだろう?
牛乳は本来、牛の子供が育つ為にあるものだ。
それを人が飲む為に品種改良してできたのが、ホルスタイン 乳牛 であり、市販の牛乳だ。
愛媛で、町おこしとして、ポンジュース祭りを催し
ぽんジュースをかけあう催しならどうだろう?
ビールかけはどうだろう?
ビールかけは、「資源を浪費する無益な行為」とか批判はあり、
ビールかけ用ビールがあったりするようだが、まあ祭りというのは、そもそもそういうもんだと思う。
理由づけはともかく、無駄遣いをしたり、普段しない事をやって、ハッピーを共有するってのが
祭りなんじゃないだろうか。
何が楽しいかは人それぞれだし、そもそもトマト祭りが本当に楽しいかどうかも謎だが、
世界のどこかでそんな事をして楽しむ人たちがいても、別にいいんじゃないかとは思う。
で、話はもどって。
食べ物の廃棄率が高い日本の現状について。
まず誰がどこで食べ物を捨てているのだろうか?
・飲食店での食べ残し (消費者)
・家庭内での食べ残し (消費者)
・コンビニ、スーパーなどでの売れ残り (消費者、小売業者)
・生産時点での廃棄(生産者)
・加工時点での廃棄(加工業者、飲食店)
・流通時点での、品質問題(流通・消費者)
など、おもいつくところ。
飲食店での食べ残しは、日本一うまいとかいって激マズだったり、
かならずしも消費者がすべて悪いとは限らないが、多くの場合は消費者の問題だと思う。
家庭内での食べ残しも同様だ。
計画的に消費する事が重要。
コンビニ、スーパーでの売れ残りはどうだろう?
理論上は消費される量を生産すればそれで足りるが、実際にはそうはならない。
消費者は、豊富な選択肢から商品を選んで買う事を好むので、消費を予想して生産する事はなかなか難しいのだ。
つまり、消費者に買ってもらう為にはあらかじめゴミとなるものも提供しておく事が必要なのだ。
これはフードチェーンにおけるかなり難しい問題だ。
理論上は、消費者が、前もって消費するものを決めておきそれを生産者に伝え、正確に生産し、消費者が正確に無駄無く消費できれば、よいのだろうが、これはなかなか難しそうだ。
生産時点での廃棄とは、
台風でリンゴが落ちて、商品にならないから廃棄とか災害的なものや、生産過剰により売れないので廃棄とか、味や鮮度には問題ないが、見た目や流通上の都合で規格外のものを廃棄などの問題がある。
消費者は、食料の上流を知ることで、過剰な品質要求による廃棄を減らすのも大事だと思う。
加工時点での廃棄問題は、減らせれば加工業者も得なのでそれなりに取り組まれているのだろう。
無駄無く利用する事が大切である。
流通での廃棄とは、流通経路で適切な管理が行われなかった場合に、ゴミとなってしまうケース。
つぶれたり、輸送に時間がかかり賞味期限が切れたり、鮮度管理上の問題などもある。
ではまとめ。
食べ物を粗末にしてはいけない。
というわけで、とりあえず、毎日大量日破棄される賞味期限切れの食品でも集めて、
まみれてみる 食料廃棄大国祭り でもやったらいいんじゃないだろうか?
生ゴミだから、あとはバイオ肥料にでもすればよしと。

明日の牛丼チェーン

未だに安売り競争を続けている牛丼チェーンについて、ふと思う。
まず現在の背景として、
牛丼3社、そろって売上高マイナス
マクドナルド、12年12月期は経常2.9%増益へ [JQ]
松屋、豪州産米を試験導入へ…原料費を圧縮
という事がある。
一言で言えば、安売り合戦をしている牛丼3社はもう限界だ。
本来であれば、マクドのように、新メニューを続々と投入し、高価格化、店舗整理をしなければならないが、牛丼チェーンは未だにその悪循環からぬけだせないでいる。
値下げをしないと、お店に人が集まらない。しかし一旦値下げをすると、再び値段をあげると客が減る。
そこでまた値下げをする。人件費を削り、強盗に入られたりもする。しかも出てくるのが遅いとクレーム。原料のコストを下げ、まずいと言われる。なんという悪循環。
これまで、牛丼各社、新メニューを投入して来たがそれでもなぜ単価を維持できないのか?
なぜ価格をあげられないのだろうか?
思うに、安価に空腹を満たすだけのニーズが多く存在しそこが固定化してしまったのではないだろうか?
新メニューとか、より良質なものを提供しても、それらを求めていないお客によって固定化されてしまい、いくらそういったものを出しても、収益アップに結びつかないのだ。
良い表現ではないが、端的に言えば、安価なエサが、ここの客の主たるニーズなのだ。
では安価なエサを供給し続ける為にはどうすればいいのか?
そこでひとつ提案したいのが自動牛丼販売店である。
まず販売機のボタンを押したら、紙カップのジュース販売機のような感じで、どんぶりがセットされて、ごはんがごぼっと落ちてくる。続いて具材、最後に汁がじょぼっとでて完成。
セルフで席に持って行き食べ終わったら、返却口へ。
もっとも、1日1、2回清掃や、具材の補給に人が作業を行う必要はあるだろうが、
基本的には無人店舗というコンセプトだ。
人件費削減、強盗対策を行い、材料も現状かそれ以下に安く押さえて200円てところでどうでしょうかね。
このままデフレがすすめば、更に安価なエサが求められる。
逆にインフレが進めば、牛丼は一杯500円1000円になるだろう。
明日の牛丼チェーンに求められているものは、無人牛丼販売店だと私は思う。
少し大げさに言えばこの国が、今後貧しくなっても、あちこちで暴動が起きない程度の社会を継続するには、
安価なエサを提供する事が非常に重要であり、それが牛丼チェーンのこれからの使命なのだ。

昨日の分析の結果、自分は水に結構関心があるらしいという事がわかったので、水について少し。
以前水について書いた、
(2008/08/25)
当時、個人的に、かなり漠然とした危機感しかなかったが、
外国資本による、水源の買収が指摘されるようになった現在、それは現実味を増しつつある問題となっている。
どうせ40年もすれば、日本の人口は1億を割っているんだし、地方の土地も維持できなくなるんだから、不要な土地なら外国資本に渡るのは構わないが、そこに住む人が生きていく上で欠かす事のできない要素。ライフラインに影響を及ぼす可能性のある、事柄には一定の制限が必要だろう。
水は生活に重要な要素であり、カリフォルニア電力危機のように、投機目的でライフラインが人質に取られるのはさけなければならない。

オーガニック

オーガニックにちょっと興味があって、
100%オーガニックフードを自分で育てる
http://www.freedom-univ.com/lecture/

とう講義を受講してみた。
最も興味深かったことは、単に化学肥料なし無農薬、だけじゃないという事である。
よく、生ごみを肥料にして、これでオーガニックです。的な野菜があるが、その生ごみの野菜や果物は、
無農薬なの?という問いかけがある。
そしてなんといっても自分でオーガニックフードを育てるのに壁となるのが、土の調達である。
普段食べている食品が、どこからどういう過程を経て生産された野菜かわからないのと同じで、
売られているような土は、何が入っているのかよくわからないのである。
オーガニックな野菜を育てたいのだから、人の手が入っていない、無添加な土が欲しいのだが、
これが意外とみつからない。
結局いきつくところは、自分でやるか、誰かを信じるか、という選択である。
普段食べている食品が、どこからどういう過程を経て生産されたか我々は知らず、
ただそれらを受け入れるしかない。
せめてその工程が確認できれば良いと思うが、現状はそこがブラックボックスになっていて、
見えない。
ある意味哲学なのだが、安全でおいしければいいというだけでなく、育てる方法やプロセスを考える事は
重要な事なんだと思う。

エサ食

最近ちょっと挑戦しているのがエサ食である。
野菜を角切りにしてゆでて、水切り、シーチキンを入れて出来上がり。
ペットフードの様に単純で、エサっぽい食べ物なので勝手にそう呼んでいる。
ご飯代わりのイメージで、生卵をかけると結構うまい。
材料は
ジャガイモ、タマネギ、ツナ缶、マヨネーズ
前回はタケノコを入れてみる。
感想としては、タケノコはあってもなくてもよいなあという所。
あとタマネギはあまりゆでると、歯ごたえがなくなるので、微妙なゆで加減を模索中。

近い未来、世界中で水が不足すると言われている。
でも海に囲まれた日本ではピンとこないのである。
たしかに、食料の大半を海外に依存していて、海外の水が枯渇すればそれらは生産できない。
それらを日本で生産しようとすると日本の水は不足する。
たしかにそうなんだろうが、それでもやっぱり水不足ってどうも理解できないのである。
とはいうものの、石油や、とうもろこしじゃないが水が高騰するなんてことも十分にあり得る訳で、
なんとか考えとかないとね。

加工食品の原産地表示

加工食品の原産地表示、都は「全部」国は「困難」
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080212-OYT1T00214.htm?from=any
別に全部パッケージに印刷する必要なんかなくて、QRコードでもつけて詳細はWebサイトにアップすればいいと思う。
どこの何が入っているのかわからないような加工食品が一般に流通しているというのは非常に問題だと思う。
ちゃんと世界に誇れるようなトレーサビリティーを確立すべきである。
話かわって、こりゃおかしいだろというニュースを一つ。
空港外資規制 安全保障上の歯止めが必要だ(2月9日付・読売社説)
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20080208-OYT1T00965.htm
安全保障はいいけど、外資規制は変だろと思う。
国民の利益とかいって相変わらず私益の事しか考えない政治家どもが!

食の安全は誰が守る?

毒餃子の問題はまだ全容がわからない状態だが、もう一つ食に関して気になるニュースがあった。
豚の脳を吸い神経障害か、米の肉処理作業員が発症
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20080202-OYT8T00415.htm
ソース(英語)
http://www.aan.com/globals/axon/assets/3459.pdf
豚もBSE?と思ってしまうが、現時点では、まだ何なのかわからないとしか言いようが無い。
それはともかく、mixiのニュースの日記とか見ると「なんで脳を吹き飛ばすのか?」というものが多い。
おそらく、脳は食べないから取り除く行程があるのだろうが、自分が食べているものが、どのような行程を経てやってくるのか、あまりに無知だと思う。
例えば、邦題:「いのちの食べかた 」なんかをみると、豚の解体のシーンなんかがあって、機械的に処理されていく様子がわかる。
自分も含め、食べ物の上流がどうなっているのか知るという事は重要だと思う。
毒餃子の問題にしても、中身(その流通や、生産方法)を知らずにまかせてしまっていることに疑問も持たずに、「中国が悪い」という決めつけはおかしい。
もっともそんな事を言っているのは一部だと思うが、食に関わらず安全というのは、口をあけてれば誰かが守ってくれるわけではないと思う。
まずは、自分の食の安全は自分で選ぶ気持ちが必要だと思う。
ただ、すべての食品を自分で確保するのは難しいし、輸入も必要だと思う。
社会として食の安全を確保することも重要である。
ただ、誰かにまかせる場合は、その中身を知ってそれを最終的には自己責任で選ぶ事が重要だと思う。
食に関して言うなら、もっと生産や流通の過程に関する知識を消費者一人一人が関心を持って知識を身につけるべきだと思う。

毒餃子より

正直、どの段階で、毒が入れられたのか、意図的に入れられたのではなく、混入なのかよくわからない。
よくわからないけれど、現時点で確かなのは中国食品に対する信頼が下がり、影響を受けているという事である。
極端な話、グリコ・森永事件のように、中国産の食品に毒を入れるぞ!という事件が発生した場合、日本や中国はどう対処できるか?という疑問もある。
それ以外として、今回は中国産という事だが、アメリカ、ブラジル、国内産になったらどうするのか?
という疑問もある。
アメリカ牛が信用できないとなれば、輸入が禁止され、中国産の食品が危険だとなれば輸入に影響が出る。しかし危険だと思った国をはずせば安くて安全な食料が確保できるかというとそう単純な問題ではない。
そもそも、国内で安くて安全な食料が確保できるなら、それにこした事はないが、それが難しいから海外の輸入に依存しているのだ。
いかにして安くて安全な食料を確保するか。
・高くてもいいので安全な食品を国内で生産する
・少しは高くてももいいので海外でも安全な食品を生産し、流通経路の安全性も確保する
・安くて安全な食料を国内で生産できるようにする。
・海外でも安くて安全な食品を生産し、流通経路の安全性も確保する。
という事がそれぞれ必要なんだと思う。
私がこの中で得に強調したいのは、「安くて安全な食料を国内で生産できるようにする」という事である。
それは、自分の食べる物は自分で確保するというのが、ごく自然な考え方だと思うからである。
その一方で、やはり海外からの輸入にも頼らざるを得ない部分はある。
ならば、その部分は安全な食料の生産と流通のシステムを輸入元に導入しそのシステムが確実に機能するよう努力する必要があるだろう。
中国産が危ないなら、アメリカ産にすればいいのよ。的な発想で解決するならいいが、そうやっていくうちに、食料自体が確保できなくなるか、安全性の低いものを高く買うしかなくなる。
仮に世界というマーケットのどこかに、安くて安全な食品というものがどこかにあるとする。
でも、中国には、既に1億人近い富裕層がいて、はたして日本がそれを確保できるのだろうか?
繰り返しになるが、必要なのは、安くて安全な食品を探して迷走する事ではなく、安くて安全な食品を作る事だと思う。